最高裁判所第三小法廷 昭和26年(あ)592号 判決 1956年3月20日
主文
原判決及び第一審判決を破棄する。
被告人を判示第一の罪につき罰金五万円に
判示第二乃至第一一の罪につき懲役六月及び
判示第二の罪につき罰金三六九万八一〇〇円
判示第三の罪につき罰金二二二万二七〇〇円
判示第四の罪につき罰金一五万九〇〇〇円
判示第五の罪につき罰金一一四万六〇〇〇円
判示第六の罪につき罰金五三八万二〇〇〇円
判示第七の罪につき罰金三三九万三〇〇〇円
判示第八の罪につき罰金一二六万九〇〇〇円
判示第九の罪につき罰金五四二万一〇〇〇円
判示第一〇の罪につき罰金七四〇万四〇〇〇円
判示第一一の罪につき罰金九二六万一〇〇〇円に処する。
但し本裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
右各罰金を完納することができないときは、それぞれ金六万円(但し判示第一の罪の罰金額については金五万円を一日としその余の罰金額について端数を生じたときはその端数は一日として計算する)を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
第一審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人岸達也の上告趣意第一点について。
論旨は、本件行為(第一審判決第一認定の行為)当時施行されていた物品税法一九条一項二号は、密造犯に関する規定であり、製造者が政府に製造申告をしないで課税物品を製造した密造の場合も逋脱犯の一種として処罰するのであるから、密造に基づく脱税行為は当然同条による処罰に包含されているものである。されば、同法一八条に規定する「詐欺其の他不正の行為」中には同法一九条違反の所為を含まないのである。右一八条に規定する逋脱犯が成立するがためには、その構成要件として、税の査定を誤らしめるため納税義務者が何らかの積極的な偽瞞的術策を用いたことが要求されるのであり、かかる趣旨は、税法一般にいわゆる「詐欺其の他不正の行為」に関し従来の大審院及び最高裁判所の判例も是認して来たことは引用の判例の示すとおりである。それ故、原判決は第一審判決第一認定の不申告製造行為に対し、物品税法一九条所定の五万円以下の範囲で罰金を科すべきであったに拘らず、同法一八条を適用して逋脱額の五倍の罰金四百六万八千円を科した第一審判決を維持したのは、引用の判例に違反すると共に、物品税法一八条の解釈を誤まりこれを不法に適用したものであって、その違背は、判決に重大な影響を及ぼしたものであるから、原判決は破棄を免れないというに帰する。
よって、所論の判例を検討してみると、引用の大審院及び当裁判所の判例は、いずれも物品税法に関するものではないので、直ちに本件に適切とはいえないばかりでなく、これらの判例を通じて看取されることは、税法において逋脱犯が成立するには、積極的な詐欺其の他不正の手段が行われることを要するということであり、原判決が第一審判決の所論の部分を是認したのも、密造行為自体を積極的な不正手段と解釈した趣旨であるから、原判決は所論判例と相反する判断をしたものではない。ただ、本件のように政府に申告しないで物品税の課税物品を製造して他へ移出した行為は、物品税法一九条一項二号の適用を受けるのであるか、或は原判示のように同法一八条によって処罰されるのであるかが問題となるのである。ところで、物品税法四条によれば物品税は、成規の場合、即ち製造者が課税物品の製造を政府に申告して該物品を製造した場合においては、製造者がその物品を製造場から移出したときに、物品の価額又は数量に応じて、製造者から徴収されるのである。従って、物品税の逋脱もまた右移出の段階において初めて問題となるのであって、もし、製造者が詐欺その他不正の行為により物品税を逋脱し又は逋脱しようとした場合には、物品税法一八条一、二項により逋脱犯として処罰され、同条末項により直ちにその税金は徴収されるのである。しかるに、政府に申告しないで課税物品を製造した者は、物品税法一九条一項二号により処罰され、同条二項によりその者については直ちに製造した物品に対する物品税を徴収するのである。されば、不申告製造、即ち密造の場合においては、課税物品の移出を待たず、その製造の段階においても物品税が徴収されると共に処罰されるのであるから、それは密造行為自体を一種の逋脱犯と認めたものと解すべきである。けだし、物品税法所定の課税物品を密造するような場合は、最初から物品税を逋脱する目的で該物品を製造するのが通常なので、密造行為自体が逋脱行為であると言い得るからである。換言すれば、物品税法一八条は、主として製造申告をした場合の右移出の過程に行われる逋脱行為を予想したものであり、同法一九条一項二号は、不申告製造の過程、即ち密造の場合の単なる逋脱行為に適用されるものと解するのを正当とする。従って、不申告製造者がその製造した課税物件を他へ移出した場合であっても、物品税逋脱のための詐欺その他の不正行為を伴なわない限り、物品税法一九条一項二号により処罰されるのであって、同法一八条の適用があるのではないのである。なお、物品税法一九条一項一号は、秩序罰的な規定と解すべきであるとの当裁判所の判決(昭和二四年(れ)一七三八号同二四年一二月一三日第三小法廷判決)があるけれども、右判決は、昭和二三年法律一〇七号の改正により、物品税法一九条一項二号及び二項の規定が削除された後の同条の規定に関するものであって、右改正前の物品税法一九条一項二号に関するものではないので、右判決は、同号の規定が逋脱犯について規定したものであるとの前記解釈を妨げるものではない。それ故、第一審判決第一認定の行為、即ち、被告人が政府に対し申告しないで物品税の課税物品であるサッカリンを製造し、これを販売のため製造場より他へ移出した行為につき、物品税法一八条を適用処断した第一審判決を維持した原判決は違法であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるので、他の論旨につき判断するまでもなく、原判決及び第一審判決は破棄を免かれない。
よって、刑訴四一一条一号により第一審判決及びこれを維持した原判決を破棄し、同四一三条但書に基づいて更に次のとおり判決する。原判決及び第一審判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の判示第一の所為は、昭和二三年法律一〇七号による改正前の物品税法一九条一項二号に、判示第二乃至第一一の各所為は、いずれも昭和二四年法律四三号による改正前の同法一八条に該当するところ、後者については同条二項により懲役及び罰金を併科することとし、以上判示各所為は、刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条、一〇条により、犯情が最も重いと認める判示第一一の罪につき定めた刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役六月に処し、罰金刑については、各罪の所定罰金額の範囲内で(判示第二乃至第一一の罪につき、物品税法二一条を適用する)、それぞれ主文記載のとおり量定処断し、刑法二五条一項に従い本裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、右罰金不完納の場合における労役場留置について同法一八条、第一審における訴訟費用の負担について刑訴一八一条を各適用し、主文のとおり判決する。
この裁判は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)